往来堂について
書籍・雑誌の売上(取次ルート)が過去最高を記録した1996年の暮れ、千駄木・往来堂書店は誕生しました。しかし書店の大型化、チェーン化はその勢いを増し、町の小さな本屋はその歴史的な使命を終えたといわれているかのごとく、廃業が続いていました。そんななか、先代の店長は「町の本屋の復権」を掲げて新しい店を考えました。
当店のモットーは「棚は管理するものではなく、編集するものである」。「町の本屋の自己限定を打ち破り、書籍を売上の中心に据えた店」(後者は2代目である私の言葉ですが)。店が立ち上がっていく辺りのいきさつは『本屋はサイコー!』(安藤哲也 新潮OH!文庫 品切)をお読みください。
1996年のピーク以降、ほとんど毎年売上規模を縮小しているこの業界ではありますが、当店に限ってみると、雑誌の落ち込みを書籍でカバーしてきたようです。私個人を振り返っても、本はあい変わらず買いますが、雑誌はかなり減っています(ゼロではありませんが。そして買っているのは「保存版!」的な、書籍的な内容のものが多い)。
出版流通を考えるとき、今までのように利益の出やすい雑誌の流通に儲からない書籍を便乗させるのはもう限界だ、書籍の流通は雑誌のそれから自立する必要があるといわれます。流通の仕組みだけでなく、個々のお店を支える売上の面でも、雑誌への依存は今後見通しが立たないと思えます。
昔、冗談半分で「雑誌がない店を作れたらすごいね」と言っていたことを思い出しました。これが冗談だったということはつまり、「いくら特徴的な書籍を売っても、普通に売れていく雑誌(や一部のベストセラー)のお店への貢献は大きかった」ということです。
しかしここでの表現は過去形です(多少勇み足ではありますが)。このままでは店全体に大きな影響が出そうな予感。乗り越えていくためには先ほどの冗談のような方法で、実際に店をやりくりしていく必要が出てきた、今はそういう時代です。
曇り空で、嵐の予感すらする新しい時代を前に改めて宣言します。
『脱(マス)雑誌』・・・売れる雑誌は自分で探す。毎号コンスタントに売れる雑誌はない、と考えておきます。売りたい雑誌は単行本のように扱っていきます。
『脱(公約数的な)配本』・・・売れる本は自分で探す。売上から見える往来堂の風景では国民作家は村上春樹ひとりです。いっぽう、よいと思った本はとことん売る。
もう、何が売れるか、何を揃えればいいか、モデルは存在しないと考えておきます。
往来堂に来て下さるお客さんとの関係の中にしか、売れる本のアイディアはない。
そういった意味で、好きにやればいい。
ただしとことん。
しかも人が集まるような熱さを持って。うまくいくかどうかは、わかりません。全力で走るだけです。
そして
『脱立地(脱地域性)』・・・インターネットなどのメディアを活用して伝えたい文脈(当店はこれを商品で表現します)を地域を超えて人々に伝えます。
どこかに面白がってくれる人がいると信じて。






















