ジャンル別でなくテーマ別棚
「気まぐれ読者」を買う気にさせる



出版不況化で2ケタ増

不況知らずと言われた出版業界でも活字離れが進行し、その神話も今は昔。本が売れない。大型書店の台頭により、小さな街の本屋の経営が圧迫されるなど、酒類業界に負けず劣らずの状況にある。そんななかで、東京都文京区『往来堂書店』は驚くほど売上を伸ばしている。

往来堂書店が開店したのは96年11月。折しも出版不況が始まった頃だ。店舗面積は20坪と「街の本屋」とすれば標準的だが、決して広いとは言えない。しかし、昨年度の年商は2ケタの伸びをみせ、一億円を超えている。客単価も同規模の書店が平均900円のところを、1100円以上稼ぎ出す。開店時の宣伝は、駅貼りポスターと新聞の折り込み広告のみ。夏目漱石や森鴎外が慣れ親しんだ文豪の街で、かつ目抜き通りに面しているなど、黙っていても集客が見こめる好立地だ。

往来堂の売りはなんといっても棚にある。「棚は編集するもの」というのが安藤哲也店長(37)の持論だ。本のサイズや種類別ではなく、安藤店長編集による「テーマ別」に本が並べられている。

例えば、同店でよく売れるという酒に関する本の横には「朝めし自慢」と題する本が並んでいる。酒と朝ごはんの本が隣り合わせになっていることに疑問を持つ客もいれば、まったく気付かない客もいる。

安藤店長はその思惑をこう明かす。
「酒を飲むのもいいけど酒を飲んだ翌日でも朝ごはんを食べた方がいいよ、体に悪いからね。体壊したら好きな酒が飲めなくなっちゃうでしょ。そんなブラインドメッセージを込めている。」

ひと口に酒といっても、タイトルに酒の文字が含まれている本を揃えるだけで終わらせるわけではない。棚には必ず「文脈」を持たせているという。「僕が考える文脈に気付いた客は思わずニヤリとするわけです」。安藤店長いわく、文脈とはテーマとの関連性らしい。茨城の東海村で臨界事故が起きれば原子力発電の本、東京・音羽の幼女殺害事件が話題になれば幼児教育や児童心理の本が店頭に並ぶ。

「お客が求めているのは本ではなく情報。世の中の気分に合わせた情報、ニュースの奥に潜む情報を取り上げる。そこが本の、出版の良いところだと思う」

世の中の気分を知るため、つまりは客の視点に立つために安藤店長が実践しているのは「働かない」ことだ。店の営業時間は午前10時〜午後10時だが、安藤店長は開店一時間前に出社して、夕方5時半には退社する。

「僕は働かない店長で有名。その代わり、異業種の人と接する機会を増やしたり、テレビを見る、子どもと遊ぶといった家庭で過ごす時間を持つという普通の生活をすることが、 翌日の仕入れのヒントになる。僕にとって一番大事なのは翌日の仕入れ。他の仕事はバイトでも、パートでもできる人がやればいい」

前述の朝ごはんの本は、帰宅後に見た夕方のニュースから閃いたのだという。東京・新橋で白いごはんとシジミ汁の朝食セットがうけているという内容だった。新橋といえばビジネス街であると同時に飲み屋街だ。「二日酔いの翌日のシジミ汁って旨いもんな」と共感、そこで酒と朝ごはんがつながった。

「本籍」と「現住所」の発想

安藤店長は「本には必ず『本籍』と『現住所』があるということ」を、店の若い店員に最近しきりと話す。若い女性向けの情報誌『HANAKO』を例に挙げると、この雑誌の本籍(本を分類する上での陳列場所)は女性誌の棚。しかし、『HANAKO』が「インターネット」特集を組めば、陳列場所はパソコン誌の棚と従来の女性誌の棚との双方に同じ雑誌を並べる。

これが、「本籍」と「現住所」の発想だ。「どちらかといえば、パソコンは男性的なもの。男性に女性誌を買わせることで、売上部数は通常の倍、次号からの購読者を増やすことにも繋がる」と説明する。
 
店全体の構成も安藤店長が考え抜いて作りあげたものだ。開店前に取次大手のトーハンの営業マンが提案したのは、店の入り口からレジ→雑誌・地図→実用書→文庫といった従来型の店内レイアウト。万引き防止を兼ねてレジは入口のそばに設置。稼ぎ頭の雑誌は手前にといった具合だ。しかし、現在の往来堂はそれとは正反対のつくりになっている。そこには客単価を上げるための仕掛けがある。
 
指名買いの多い雑誌を店の一番奥に置くことで、できるだけ多く客を歩かせる。店の奥までたどり着く間に、あるいはレジで精算後、棚に目を向かせて思わぬ出費を誘い出す。安藤店長は「うちの店が狙っているのは"気まぐれ読者"最初から買いたい本なんて決まっていない人達。コレが欲しいという本がある人は大型書店に行けばいい」と言い切る。

ベビーカー通れる通路

気まぐれ読者に加えて「女性に気に入ってもらう店づくりが繁盛の第一歩」と女性客にも着眼する。夫や恋人あるいは子供の場合でも、男性は女性と来店することが多い。女性が客を連れてくるのだ。また、現在は男性よりも女性の方に読書欲の強さを感じるという。両脇に人が立っても人が通れるゆとりのある通路は、ベビーカーを引きながらでも通行できるようにとの配慮から広げた。
 
仕入れ先はトーハンと神田の問屋街。トーハンでは新刊や雑誌、神田では注文品や専門書などを仕入れる。また、取次を通さない小さな出版社の本は、出版社から直接取り寄せる。「仕入れる本は必ず自分の手に取る」と安藤店長は話す。本の値段や内容はもちろんのこと、その重量感を確かめたうえで仕入れる数を決める。棚の文脈と照らし「次はこれを買っていくだろうな」と特定の客の顔を思い浮かべることもある。その予想は「7、8割当たる」という。
 
基本的に在庫はなく、数が出るものを補充する程度だ。「デッドストックを作っても仕方ないからね」と答えは明解だ。

往来堂の魅力は空間にもある。花や音楽、照明と、本のデザインを生かした配置等にもこだわる。本は買わないけれども、花を見るためだけに毎日来店するおばさんもいる。夜にモダンジャズを流したら急に哲学書が売れたりすることもあるという。

これからの本屋に必要なことは「情報発信」と「プレゼンテーション力」の二つだと安藤店長はいう。本屋、本棚は一つのメディアであることを個々の本屋が認識し、それを表現するということだ。人真似をするのではなく、一歩先を歩いて提案する。「時代に風穴を空けるなんて言い方があるけど、僕が目指すのは"時代を疾走する本屋"って感じかな」


―安藤店長にきく
 
地元に関連した本が売れる
―店は大きければ大きいほど有利なのか。
「欲しい本を探し出せる客は問題ないが、『大型書店では欲しい本が見つからない』とうちに来る客もいる。これからはうちのような20坪程度の店か、全てを網羅した1,500坪規模の店のどちらかに集約される。郊外型大型店は、車によるワンストップショッピングのニーズがあるのでまた別の話だが、いずれにしても中途半端な広さではデッドストックが増えるだけで、経営的に成り立たなくなる。粗利率はうちで20〜22%程度。書店で22%を超える店は、まずないと思う」

―他店にあって、往来堂にない本は?
「いわゆる巷のベストセラーや学習参考書、コミック(既刊)、アダルト誌、パチンコ攻略本、新興宗教関連本などだ。出版業界全体が次のベストセラーを待っている。しかし、ベストセラーは本というよりも流行だ。埋もれている良い本にもスポットを当てたい。良く売れるのは地元地域に関連した本だ。立地に合った商品を揃えるべきだろう。誰でも、自分が住む地域には関心がある。

―配達もする?
「千円以上買って、店の半径1km以内ならば、無料にしている。さほど売上にはつながらないが、雨の日やお年寄りにも『本屋の配達とは珍しい』と喜ばれている。クレジットカードでも買え、週末には数万円単位でまとめ買いする客もいる。週末は銀行が開いていないので手持ちの現金も少ない。当然のサービスだ」

―往来堂でもネット販売を行っているが、米国のアマゾン・ドット・コム(後段注)をどう思うか。
「正直言って怖い存在だ。ネット販売の多くが本のデータベースに過ぎないが、アマゾンは違う。あの情報量には、うちが狙う気まぐれ読者でもなびく可能性がある。アマゾンを意識し、うちも昨年11月にホームページを開設した」

【注】アマゾン・ドット・コム=95年に米国ワシントン州シアトル市で設立された、250万タイトルを揃える巨大な書籍オンラインカタログ。書籍(洋書)40万タイトルを標準価格の20〜40%値引き販売する。書籍に加え、音楽CD、DVD、コンピューター・ゲーム等もインターネット上で販売。先頃、アマゾンの日本語版も開設された。

(『酒販ニュース』2000.1.11号に掲載されました)