リレー書評 #この本がヤバい #2『夢も見ずに眠った。』絲山秋子

【不定期リレー連載「この本がヤバい!」】#2

往来堂がお世話になっている主に出版社さんに、最近読んだ本のうちでほかの人にも勧めたい「ヤバい」本を教えていただくコーナーです。
ご登場頂いた方には「笑っていいとも!」の「友達の輪」方式で次の方をご指名いただこうかと思っております。
笈入はタモリの役で(笑)
本好きのあの人はいったい何を読んでいるのか?
第2回は朝日出版社の橋本亮二さんです。ご寄稿ありがとうございます!



『夢も見ずに眠った。』
絲山 秋子
河出書房新社
2019年1月刊 1750円+税

往来堂書店さんは、ずっと昔から憧れだった。文脈棚という響きはとても不思議な感じがして、本の奥行きや書棚で実現される世界の拡がりを教わった。

そんな往来堂さんのオリジナル企画である「D坂文庫」フェア。縁のある人たちがお勧めの一冊を選び、帯に紹介文を載せるというもので、この取り組みのおかげでこれまで何十冊と知らない文庫を手にすることができた。

とてもありがたいことに、「D坂文庫 2014冬」で私も初めて選書参加させていただいた。記念すべき一冊に選んだのは、絲山秋子さん『ばかもの』。「いつもカバンに入れて持ち歩いている僕のバイブル」とまで言い切るほど、くりかえし読んだ作品。初めて読んだ『袋小路の男』から今までずっと、絲山さんの本は人生の節々にすっと登場する。

最新刊『夢も見ずに眠った。』では、ひと組の夫婦の20代から40代が描かれる。妻の実家で暮らすふたりであったが、銀行勤めの沙和子は辞令に応じ札幌への単身赴任となる。なかなか仕事が続かない、夫・高之はカブトガニ博物館が好きだったり紙の時刻表で電車乗り継ぎを練ったりと、ひょうひょうとしたさまだ。

離れて生活をするようになり2年半が経つ頃、高之は心を患う。すれ違いや疎外感からか、もちろん単純なひとつのことでなく、外部的な要因と高之の内面的なものとに覆われ、色彩がどんどん失われていったのだと思う。

“トンネルを出たら光が見える、そういう世界であってほしいのに、現実にかれが生きている時間は、トンネルをいくつ出ても、暗くなっていくばかりなのだ”(100頁)
本書には付箋をたくさん貼ったが、中でもこの描写には息をのんだ。

沙和子は仕事に努め、ひとりで立っているようにも見えた。中距離走のペースで年月を重ねていくように。しかし、思いもよらぬアクシデントに遭い、変化を余儀なくされる。当然、望んでいなかったことであるが、そのことで走り続けていたときには傾けていなかった自分の心や高之を含めたひととの関係性について向き合うことになった。

大学時代の1998年、旅先で喧嘩した2010年、完全に離れてしまう2015年、高之の目が開かれる2016年、そして、時間と場所と生が昇華される2022年。

そのときは、自分もたしかに生きていた。未来のことであれ、生きている。

最終章で、トロッコ列車「奥出雲おろち号」に乗る沙和子とレンタカーを運転する高之。速度は異なる、生きるスピードがそうであるように。ふたりの関係性が更新されたさまがはっきりと描かれる、298・299頁には言葉がたたみかけるように綴られる。24年間がすべて結ばれる、生きていることの途方もなさがマグマのように噴出していると受け止めた。

岡山、熊谷、札幌、武蔵野、大津、盛岡、函館、青梅、出雲。各地の土地の描かれ方もとても心に残る。その場所にたしかに受け継がれる歴史、ひとの継承と断絶。この本を片手に、各地を訪れてみたいとさえ思う。

個人的な話だが、本書が刊行された2019年1月は心身ともに崩しはじめた時期であった。2月、3月と階段を転げ落ちるように光が見えなくなっていく中、すがるようにこの本をなんども開いた。高之の姿を重ねながら、いつかは自分も2022年が迎えられるかもしれない、おまじないのように心の中でつぶやいていた。

絲山秋子さんと同時代を生きられて、なにより幸せに思う。
どうか、この本が多くの方の手元に届くように。


 


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本の世界がもっと盛り上がり、多くの人にとどくようになるには、本のまわりで仕事をしている人たちが本の話をもっとすることから始めるしかない──。
20年くらい前、情報センター出版局さんの営業チラシ「情報センター情報」にKさんが書いていたこと、いまだにちゃんと実践できないで、今日まで来てしまいました。
雲の上から「おせーよ!」と言われそうですが、やります。
というわけで、もしどなたかからバトンが回ってきたら、みなさま、ぜひお願いします。

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