雑品に感じるフェティシズム

雑品に感じるフェティシズム
雑品に感じるフェティシズム

モノが溢れて止まぬ昨今、如何にして良いモノを取り揃え生活に導入してゆくかを日々模索している人々にとって、インターネットのブラウジングは欠かせないツールとなっています。
膨大な数のモノを簡単に比較検討できることの利点は勿論ありますが、それによって失われてしまった感覚も計り知れず。

筆者のフェティシズムに依って集められた昭和期の「雑品」の数々。
「雑品」と称される所以は、生活の指標がひとつに固定されない目線の多様性からくるものだと感じます。
どっしりと綴られた文章からは、モノにこだわり過ぎず、けれどもしっかりと本質的にモノの奥を見据えている筆者の姿が浮かびます。

人それぞれの体験によって共感できる箇所が全く異なってきそうな雑多さ。
個人的には「セメダイン的恍惚」という表現に自分の隠れたフェチを発見させられました。(ご)


『雑品屋セイゴオ』
松岡正剛 著
菊池慶矩 画
春秋社 刊



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